まず死ぬことから考えよう

「終わりよければすべてよし」という言葉がある。そして人間は例えどのような生き方をしても最後には死ぬ。

つまり例えその人が他人から見てどんなに幸せそうな人生だったとしても、本人が死ぬときに「私、生き方を間違えた」と思ったなら、その人は不幸な人生と言えるのでは無いだろうか。

逆に、他人から見てどんなに不幸そうな人生だったとしても、本人が死ぬときに「私、そこそこ幸せだった」と思えたなら、その人は幸せな人生と言えるのでは無いだろうか。

実際にあった遺言で、私が今でも覚えている遺言が二つある。

一つはバブル時代に老人が残した言葉、「あー面白かった」。

もう一つは二人で一緒に自殺した女子高生が手紙に残した言葉、「人生に悔いなし」。

一つ目の遺言は私が幼稚園の時代にニュースで聞いた言葉で、二つ目の遺言は私が学生の時代にニュースで聞いた言葉だ。私がいまだに覚えているということは、この二つの遺言は私の人生観にそこそこ影響を与えていると思う。

なぜこの二つの遺言を覚えているかというと、人生の最低合格点と最高合格点を表しているような気がするからだ。

人生最低でも「悔いなく死にたい」し、理想的に言えば「あー面白かった」と思える人生を生きたい。

じゃあ、どうすれば「悔いなく死ねる」のか、どうすれば「あー面白かった」と思いながら死ねるのか。

そういう観点から人生を組み立てるといいと思う。

他の考え方として、自分の葬式の時に人々に「この人は◯◯な人だった」と言われることを想像する、という方法がある。自分の葬式の時に、人々にどんな人だったと言われたいのか。どんな人だったと思われたいのか。そういう観点から自分の生き方を決める、というものだ。

自分の最後を想像することで、自分がどのように生きていくかもまた決まるのだ。