悲観主義者よりは現実主義者になろう

たぶん本当は楽観主義者になるのが理想なのだと思う。

楽観主義者は何事も楽観的に考えるから、色々なことに挑戦し、成功もしやすいそうだ。

でも心の病を経験した私たちはそう簡単には楽観主義者になれないし、どちらかというと何事もマイナスに考えがちな悲観主義者の方が多いと思う。

でもこの悲観主義こそが心の病になった原因の一つだとするなら、悲観主義をやめて、できるだけ現実主義者になるよう努力しよう。

「現実主義者になろう」というと「夢や希望を持たない人」とか「保守的な人」みたいな偏見があるかもしれないけれど、そんな偏見は現実主義とは言えない。

現実をありのままに見ると、この世界には夢や希望を叶えた人がいる。ということは、現実的に考えて、やり方次第でこの世界では夢や希望を叶えることができるのだ。

また現実主義者になるなら「人間はいつか必ず死ぬ」という現実をまず受け入れるべきだ。私たちはいつか必ず死ぬのだ。ということは人生で何にも挑戦せず保守的に生きることは必ずしも正解ではないのだ。リスクを取ろうが、保守的に生きようが、どうせ私たちは最後には死ぬのだから。

さて、現実主義を目指すとはどういうことか。まず、全てを悲観的に見るのはやめよう。「全てを悲観的に見る」というのは現実を見れていない考え方だ。

例えばあなたが「私は人と比べて能力が低い」と考えているなら、あなたは間違っている。かといって「私は人と比べて能力が高い」と考えているなら、これも間違っている。

なぜなら一般的に人は他の人と比べてできることとできないことがあるからだ。だから現実主義者としてあるべき考え方は「私はAという能力は他人よりもできてるけど、Bという能力は他人よりもできてないな」というように、できる能力とできない能力を分けて正確に認識すべきだ。

また現実主義者なら「能力の程度」も正確に見積もるべきだ。例えば他の人と比べて少しだけできていないことを全然できていない、と考えるのは間違っている。逆に、他の人と比べて少しだけできることをものすごくできると考えることも間違っている。

少しだけできないことは「少しだけできない」と正確に見積もるべきだし、少しだけできることは「少しだけできる」と正確に見積もるべきだ。

これは能力だけの話ではなく、外見や性格など自分がコンプレックスに感じていることも「何もかも全部ダメだ」と雑に捉えるのではなくて、普通の人と比べてどの程度ダメなのか、どの部分ができていないのかを正確に見積もるべきだ。

なぜなら自分自身に対する極端なマイナス思考や極端なプラス思考は心の病になる原因の一つだからだ。

そして、自分ができていないこと、ダメな部分を一旦受け入れて、その上で現実的にどうすべきか考えよう

例えば「これは私のコンプレックスなんだけど、現実的に考えれば日常生活に支障はないな」ということであれば、そもそも治す必要すらないのだ。

また、能力的にダメな部分があると、もう何もかもがダメである、ということではない。大事なのはいかに能力が低いままこの人生をどうにかするか、ということだ。

例えば記憶力が極端に悪い会社員の人は、打ち合わせが終わって自社に帰ると、そもそも相手にリマインドメールを送ることを忘れてしまうので、他社に打ち合わせに行って打ち合わせが終わり、その会社を出た直後に、相手にリマインドメールを送るそうだ。そのことで返って相手に信頼されているらしい。

また外見にコンプレックスがある人は「この世界のすべての人に好かれないといけない」と誤解している。あなたはこの世界の誰か一人に好きになってもらえさえすれば、それで恋人として付き合うことができるし、結婚もできるのだ。

また、私個人的には保守的に生きるよりは何かに挑戦しながら生きるのが正解だと思う。なぜなら私たちはどうせいつか死ぬからだ。どうせいつか死ぬのに、保守的に生きてもあまり意味がない気がする。現実主義者になるのを目標としながら夢や目標を叶える努力をすれば「現実的にどうすれば夢を叶えられるのか」「現実的にどうすれば目標を叶えられるのか」と考えることで、下手な楽観主義者よりも夢や目標を叶えられるのではないかと思う。また、別に無理に夢や目標を持つ必要もなくて「せっかくの人生だし、これに挑戦してみるか」みたいに、例えば海外一人旅だったり、バンジージャンプに挑戦してみるみたいな、そういう「色々人生経験してみるか」みたいな意味での「色々挑戦しながら生きる」というのもありだ。もちろん、あまりにリスクを取り過ぎるのは良くないけど。

ただ、実は現実主義になるのは結構難しい。なぜなら自分自身の能力や外見、性格などを客観的に正確に見積もるのは難しいからだ。「現実主義として生きるべき」と主張している私も、まだちゃんとした現実主義者になれていない。

でも、悲観主義者になって何事もマイナスに考えて人生で何も挑戦しないよりは、現実主義者として「どうせ私たちはいつか死ぬよね」という現実を受け入れて「どうせいつか死ぬのだから、生きているうちに色々経験しないともったいないよね、楽しまないともったいないよね」というスタンスで色々挑戦してみたほうがいい気がする。