この世界は理不尽

「公正世界仮説」という言葉があります。これは「善人には良いことが起こり、悪人には悪いことが起こる、というように、この世界は人間の行いに対して公正な結果が返ってくるものである」という風にこの世界を捉えることです。

ただし「公正世界仮説」は有名な認知バイアスです。つまり現実的には世界は公正ではありません。善人でも不幸になることがあるし、悪人でも幸せになることがあります。

なので「この世界は理不尽だ」と思う気持ちも分かります。ただ「理不尽だ」という考え方だと「悪人が常に得をし、善人が常に損をする」みたいな印象を受けます。現実には、善人は幸せになることもあれば不幸になることもあり、悪人も幸せになることもあれば不幸になることもあるのです。

なので私はこの世界の捉え方を「なんでもありの世界」だと認識しています。

例えばこの文章を読んでいる人の中には「頭が悪いこと」で悩んでいる人がいるかもしれません。

でもこの世界にはたくさんの人間がいるので、あなたよりも頭が悪いのに、あなたよりも幸せな人生を歩んでいる人がいるでしょう。

逆に、あなたよりも頭が良いのに、あなたよりも不幸な人生を歩んでいる人がいるでしょう。

ということは、頭が悪いことはクリティカルな問題ではないのです。

例えばこの文章を読んでいる人の中には「能力が低いこと」で悩んでいる人がいるかもしれません。

でもこの世界にはたくさんの人間がいるので、あなたよりも能力が低いのに、あなたよりも幸せな人生を歩んでいる人がいるでしょう。

逆に、あなたよりも能力が高いのに、あなたよりも不幸な人生を歩んでいる人がいるでしょう。

ということは、能力が低いことはクリティカルな問題ではないのです。

例えばこの文章を読んでいる人の中には「外見に欠点があること」で悩んでいる人がいるかもしれません。

でもこの世界にはたくさんの人間がいるので、あなたよりも外見に欠点があるのに、あなたよりも幸せな人生を歩んでいる人がいるでしょう。

逆に、あなたよりも外見が良いのに、あなたよりも不幸な人生を歩んでいる人がいるでしょう。

ということは、外見に欠点があることはクリティカルな問題ではないのです。

では、そんな「なんでもありの世界」でどうすれば自分の人生を楽しいもの、幸せなものにできるのか?

それは自分の人生を頑張って自分でコントロールし、より楽しい人生の方に向かうように、より幸せな人生の方に向かうように努力することです。

おそらく世の中には「自分の人生をコントロールしようとしていない人」と「自分の人生を頑張って自分でコントロールしようと努力している人」の2種類がいます。

「自分の人生をコントロールしようとしていない人」は、正確には何も頑張っていないわけではなく、例えば「善人になろう」と努力したり「道徳的になろう」と努力しているかもしれません。でも「自分の人生を自分でコントロールしよう」とは努力していないので、自分の人生がどこに進むのかは全て運次第です。良い方向に進む可能性もあれば、悪い方向に進む可能性もあります。もちろん「善人であること」「道徳的であること」を他人に気づいてもらって認めてもらえる可能性もありますが、気づいてもらえない可能性もあります。この人の人生は他力本願です。

「自分の人生を頑張って自分でコントロールしようと努力している人」の人生には、「より楽しい人生の方へ進むための明確な力」「より幸せな人生の方へ進むための明確な力」があります。この「明確な力」とは「コントロールしようと頑張っている本人」のことです。正確には、コントロールしようとしてもなかなか思い通りには人生は進みません。それでも少しずつ確実に、この「なんでもありの世界」の中でもより楽しい人生、より幸せな人生へ近づいていくはずです。

コントロールする方法ですが、自分の人生を進めたい方向、人生でやりたいこと、達成すれば楽しい人生になりそうな目的や幸せになりそうな目的を決めて、それに向かって全力で頑張るのです。そうすればそれに向かってあなたの人生は少しずつ進んでいきます。